ヘンリー・S・ストークス「日本人は日本を見直そう」 2.あの戦争

  今回もヘンリー・S・ストークス(2013)『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』(祥伝社新書)の終章から
一題をご紹介したい。
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「強調文字や改行や図・写真」は私が編集したが、
本文はあくまでも著者・ストークス氏の意見である。
 
以下、引用はじめ。

「私は日本が大英帝国の植民地を占領したことに、日本の正義があると思った。それを戦後になって、まるで戦勝国が全能の神であるかのように、日本の罪を裁くことに違和感を感じた」。

「侵略が悪いことなら、世界史で、アジア、アフリカ、オーストラリア、北米、南米を侵略してきたのは、西洋諸国だ。しかし、今日まで、西洋諸国がそうした侵略を謝罪したことはない。どうして日本だけが欧米の植民地を侵略したことを、謝罪しなければならないのか」。
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            欧米に不都合な「大東亜戦争」史観

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         ヨーロッパの植民地だったところを塗りつぶすとこうなる
                           http://10000km.com/2013/03/18/colony/

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>馬鹿でも日本が侵略したとは思えない。
いやあ・・・、その馬鹿が、戦後日本でずいぶん幅をきかせていたんですよネ。
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                    戦前の東南アジア

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                 1942年の日本の占領地域


 今年(2013年)は、大東亜会議70周年にあたる。この会議の意義は、第七章でも述べたとおりだ。
欧米では大東亜会議を、日本の“占領下”にあったアジアの「傀儡(パペット)」が集まったと決めつけている。だが、東京に日本が戦ったことによって、その後西洋から解放された有色人種の国々のリーダーが一堂に集まったというのは、歴史の事実だ。

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      チャンドラ・ボースの演説

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大東亜結集国民大会(日比谷公園)→
本記事、一番下の動画に映像あり。                                                                      

 インドがオブザーバーとして参加した。まだインドは独立しておらず、チャンドラ・ボースが、完全独立を目指す自由インド仮政府首班として参加した。マレーや、インドネシアは日本が占領していたが、まだ独立はしていなかったので、参加できなかった。インドネシアは1945年9月に、独立することになっていた。

海外の反応 インドネシア国歌 撮影は大日本帝国陸軍(インドネシア・ラヤ Indonesia Raya 偉大なるインドネシア)

映像は、昭和19(1944)年9月3日のものだと思われます。この日は日本がインドネシアの独立容認を発表した日です。(映像に出てくる日付は皇紀2604年9月となっています。)
タイトルは1945年となっていますが、多分、皇紀2604年の意味が理解できなかったものだと思います。

 「アジアを侵略した」とされる日本に、そうした国々の指導者が集まった。日本が戦った目的に呼応しなかったとすれば、そのようなことは起きなかった。

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チャンドラ・ボース「日本はアジアの希望の光だった」

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 日本の力を借りて、欧米の支配から独立しようという気運が、アジア諸国民のあいだで盛り上がった。このことは、「日本はアジア諸国を侵略した」という認識では、真実を理解することが不可能となる。

 アジア諸国の欧米による植民地支配からの独立は、日本によって初めて可能となった。これは厳粛な事実だ。日本はアメリカによって不当な圧迫をこうむって、やむをえず対米戦争を戦ったが、アジア解放の理想を掲げた。明治維新は欧米の帝国主義によって、日本が植民地化しないために行われたが、アジアの開放はその延長だった。
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はじめ欧米諸国は何が起こっているのかわからなかった。
しかし、アジアの諸民族が自ら独立のために戦う決意をし、立ち上がったということが、明らかになってきた。
 日本がアジアに進攻することがなかったなら、アジアはいまでも植民地のままだったろう。アメリカで黒人が大統領になるどころか、いまでも黒人たちが惨めな地位にあえいでいたことだろう。
                    http://nihonshitanbou.blog.fc2.com/blog-entry-212.html

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                                マスコミの情報操作 情報封鎖 オバマ大統領のお辞儀(2010年)
                             
http://voicevoice.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-c550.html


 日本が大東亜戦争を戦ったことによって、大英帝国が滅びた。日本が大東亜戦争を戦わなかったら、いまでもアジア諸民族が、イギリスやフランス、オランダ、アメリカの支配を受けていた。
 戦場は太平洋ばかりではなかった。日本が解放を目指した欧米の植民地はアジア全体に広がっていた。
どうして「太平洋戦争」なのか。
だから、日本は「太平洋戦争」と呼ばなかった。

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フィリピン共和国独立記念日のポスター(1995年 マニラ市)
EAST ASIA CO-PROSPERITY(大東亜共栄圏)が読める。
 
 日本が戦争を戦った真実を把握するには、「大アジア」を戦場として、アジア諸民族を搾取する植民地支配者であった欧米諸国と戦い、アジアを解放した「大東亜戦争史観」をもって見る必要がある。

 アジアを蹂躙(じゅうりん)し、植民地支配をした
アメリカも、ヨーロッパ諸国も、「大東亜戦争史観」という観点から歴史を見られることだけは、
決定的にまずい。日本が「太平洋戦争」を戦ったことにしておきたいのだ。


 アジア独立に日本が果たした貢献を知られると、欧米の悪行があからさまになってしまうからだ。見せかけの正義が、崩壊してしまう。「大東亜戦争」という観点を持ち出されると、欧米の戦争の大義が崩壊し、実はアジアを侵略したのは欧米諸国であったことが、白日の下にされされてしまう。

 日本の立場が海外で理解されないのは、日本が効果的な発信をしていないからだ。日本の主張が、英語で発信されてこなかったことが大きい。そのかわりに、村山首相談話のような謝罪が行われてきた。これではまったく逆効果だった。
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引用、おわり。
注記:この本の英文原稿が、アメリカで出版されることになった(2016/11/9 追記)。

私のコメント
あらゆる国が自国の利益を第一にしている。「自存自衛」のために戦う
のが戦争の第一目的であって不思議はない。
さりとて他方、日本が「アジア解放」という戦争目的を心に秘め、一部にそう公言して戦ったことも紛れもない事実なのだ。
そこには当然、二重性がある。
戦後の日本人がおかしくなったのは、この意識の二重性を失ってしまったことである(西尾幹二)。

 大東亜戦争大東亜共栄圏を忘れさせる実務」を担ったのが戦後日本の指導層だった。
彼らが戦利得者で、「親米保守」とも自称した。日本の教科書、新聞記事、テレビ報道から大東亜戦争の名を消し去ったのである。
その結果、主権回復後、20年ぐらい経った1970年頃には、日本国民は東京裁判史観を心から受け入れて、アジア諸国に謝罪しまくるようになっていた。
これは戦後の日本の指導層がアメリカの傀儡で、長年にわたって国民を洗脳してきたからである。

大東亜共栄圏について、私は明確な反論を聞いたことがない。支那人朝鮮人が対抗心丸出しで
アメリカ人の口まねをするのは知っているが、話にならない。
南京大虐殺」も「従軍慰安婦」も「バターン死の行進」も「真珠湾のだまし討ち」も、
話をソコに向けさせないためのズル賢い煙幕プロパガンダだ。
なるほど戦勝国としても、反論は困難だったのかぁ・・」と納得した。
GHQは、検閲指針によって「思想の自由」を弾圧した。
われわれに気づかせずに・・。
「検閲」は占領憲法でさえ違反だ。
戦後日本に大東亜共栄圏の宣伝」を禁じたのは、
「反論すると欧米の悪事が露呈するので、
話題にさせずに日本人の国民的意識から消し去るのをねらった」
と気づいた。
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オバマは黒人奴隷の子孫ではない。父祖から屈辱と悲惨の歴史を継承したのではなく、生まれたときから「人権」を保証されていた。黒人も大統領になれる「民主国家アメリカ」の広告塔に利用されたのだ。
大東亜戦争は、アジアの植民地が独立する起爆剤となった。アジアの植民地の独立運動は、やがてアフリカから南米・南太平洋へと波及した。
米・大統領ウィルソンの言う「民族自決」とは、あくまでもヨーロッパの白人を対象としたものに過ぎなかった。日本の真珠湾攻撃アメリカ国内で最も喜んだのは、黒人たちだった。
敗戦後間もない大阪で、ある復員兵が黒人兵たちに取り囲まれて逃げ場を失った。復員兵は、「殺される」と覚悟した。すると、リーダーらしい黒人兵が進み出てこう言ったという。
「俺たちの代わりに真珠湾で暴れてくれて、ありがとうよ。
本当は、俺たちがやらなきゃならなかったんだ。」
日本軍の真珠湾攻撃快哉を叫んだ米国黒人が少なからずいた~~米国排日7

米国黒人の民権獲得運動は、戦後の1960年代の話である。

大東亜戦争は、民族自決と人種平等を、世界に広げたのである。
大東亜戦争戦没者を「みじめな犬死に」呼ばわりする者は、
白人支配の世界観におもねる卑怯者である。

ルーズベルトはなぜ黄色人種の中国を連合国陣営に残そうとしたのか~~米国排日11
それにしても、国連の「日本たたき」はどこから来るのか?
  日本を悪者にしておかないと、
連合国(国連)の悪事がバレてしまうからだ(馬渕睦夫)。


この動画は、ここで見られる。
動画最後の「天皇陛下万歳」三唱は、当時の大達(おおだち)東京都長官(「東京市長」は「東京都長官」に改称され、その後「東京都知事」へ)。

外国人「今までで最高のポスターだな!」第二次世界大戦の日本軍の東南アジア向けのプロパガンダポスターが素晴らしいと話題に【海外反応】
シンガポールの自動車工場に貼ってあるポスター」と説明されていますが、これは日本の小学生向けに描かれた絵本マンガ「ダイトウアキョウドウセンゲン」(講談社)です。
            http://le-japon.net/?p=89368
この本は、こちらにもう少し詳しく載せています。
             大東亜戦争の世界史的意義