中国へは「距離」をとれ

 武田邦彦ブログに、「中国との国交のあり方について」まとめがありました。その内容に私も大いに賛同するので、紹介いたします。

以下、引用
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 中国は激しい日本批判を続けています。
中国は独立国ですから、日本を非難してもかまいませんが、その場合は日本も中国に友好的な関係を持てないと考えられます。しかし世界的にも立派な北京空港を日本の援助(ODA)でやっているように、片方では中国は日本の支援を受け入れています。
注)中国へのODA(政府開発援助)は、2011年に既に6兆円を突破!
 日本の伝統的な道徳では、相手を非難したら相手との関係はうまくいかないので、非難するような相手なら付き合わない、付き合うなら失礼なことは言わないというのが「日本の道徳」です。
 しかし、中国では毎日のようにかつて日本軍が中国でしたとされる(本当はしていませんが)悪行をテレビで全国に向けて宣伝していますし、南京事件のように史実と違うことを公的に主張しています。
日本人ならこれを「友好」とは呼ばないでしょう。






 このように日本文化とはかなり違う中国と、
1)国交を開いておいた方がよいか?
2)貿易をする方がよいか?
3)友好関係を維持できるか?
を考えなければなりません。









 先日、シアターテレビジョンで中国や経済、軍事に詳しい方と討論をした結果、おおよそ次のような結論に達しました。

1) 中国とは疎遠にしておいた方がよい。
2)貿易も縮小した方が良い。
3)中国の文化を理解しておいた方が良い。

 また、「中国」という呼び名で呼べるところは、かつての中原で、満州中国東北部)、モンゴル(内モンゴルを含む)、新疆ウィグル、チベット、さらにその少し内側は「中国」と呼ぶべきかは難しい、という結論に達しました。
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入力者コメント(以下同様)。万里の長城の北は、もともと支那ではありません。その満洲は息の根止められましたね。満洲語の判る人は、もうほとんどいません。


 だから「中国は大きい」といっても多くの国をまとめた連邦国家のようなもので、日本人が頭に描く国家とは相当ちがいます。
まあ、ヨーロッパ州」のようなものです。支那文明での国とは都市国家のことなので、城塞都市をつくりました。日本のような「国土」の概念があまりなく、勢力範囲(=国土)は状況に合わせて伸びたり縮んだり・・。だから、国家と言わずに天下と言った訳です。その天下を中国共産党という軍事独裁政権が力ずくで強権統治しました。英米マスコミの尻馬に乗って、日本マスゴミミャンマー政府を「軍事独裁政権」と盛んに言い立てますが、中共軍事独裁政権だ」とは誰も言いませんなあ・・・・。



日本人が中国と付き合うためには中国とその文化を正確に把握し、過去の経験も活かさなければなりません。つまり、

1) 中国人は日本人のように「お人好し」ではない。

2)それは中国が「日本のような国」ではなく、国民は国に守られてこなかったのだから仕方が無い。

3)むしろ日本人が恵まれすぎていてお人好しになった。

4)だから中国人は日本人から見ると「ウソをつく」と感じたり、「だます」、「利害関係が無くなると知らん顔」と思うけれど、違う文化だから仕方が無い。

5)中国には「恩」という概念はないし、そんなことを言っていたら生きていけない時代が続いていた。

6)中国の「国」は「北京」などの「都市」であり、城壁で囲まれている。それに対して日本は国全体が一つの「国」であり、日本人は城壁に囲まれた土地に住んだこともなく、戦に負けたら奴隷になることもなかった。

7)南京で中国人が30万人殺害されたという事実はない。
「無い」ことでもそれが自分に有利なら「ある」というのは中国文化だから、日本流に「ある」と解釈してはいけない。

8)日本流に考えれば、「中国の富裕層」というのは人口の1%で、中国の富の40%を持っているといわれるので、それは「格差が広すぎる」ので、富裕層を相手にしたビジネスに期待しない方がよい。



 この中でももっとも大切なのは、「中国4000年の歴史」とか「中国の人口は14億人」などというのは「中国流の表現」であって、日本流なら「中国1800年の歴史」であり、「中国の人口は約2億人」などである。
1912年の心外革命(「辛亥革命」とも言う)で、「清国」というより「清朝」が滅び、中華民国が成立したことになっていますが、近代国家としての実体は疑わしい。心外革命と同時に、モンゴルは独立宣言。1913年、モンゴルとチベットは相互に独立を承認。1933年、(第一次)東トルキスタン共和国の建国宣言。1944年、(第二次)東トルキスタン共和国建国宣言。1945年、モンゴル(蒙古自治邦政府)と満洲国はソ連の侵略で崩壊後、中共へ引き渡される。1949年に中華人民共和国が政権樹立を宣言し、1949年にウィグル侵略、1950年にチベット侵略して、ほぼ今の国土の形になりましたが、近年さらに膨張する動きを見せています。支那文明の長さは認めるにしても、国家としての中国の歴史はたかだか63年にすぎません。「中国四千年の歴史」とは、いかにもシナ人好みのハッタリ・ネツゾウですなあ・・。

アレも、最初はテレビCMでは「中国三千年の歴史」と言ってたんです。いつの間にか、「四千年」になりました。東京の中国大使館経由で、北京政府から「指導」が入ったんですかね。

江戸っ子風に言えば、「もともとサバ読んでんだから、景気よく行こうや!」っつうこってすな。



 中国流の南京事件を日本流に解釈することは、今後の両国にとって良いことではないと考えられる。



「友好関係を築く」というのはあくまで相手が友好を望んでいるときなので、
無理して友好関係を作らず、少し離れておいた方がよい。
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引用おわり

以上の出典
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