最高裁・裁判官の国民審査(3)16日の国民審査はどうするの?

 では、16日の国民審査をどうするのか?

ここでは、2009年の国民審査を機能させるプロジェクトを一部編集して紹介します。
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国民審査を機能させるプロジェクトへようこそ!

衆議院議員総選挙と同時に執行されることが、憲法79条2項に定められている「国民審査」。
これまで審判を受けた数多くの最高裁判事に対する国民の否認の度合いは
最大でも15%程度でした。(※1)


※1 1972年(昭和47年)12月10日 実施第9回国民審査 投票率 67.61%
下田武三判事に対して
「罷免を可とするもの(=×)」 6,895,134票
「罷免を否とするもの(=無記入あるいは他の者のみ×票) 45,440,230票
有効投票数に対する罷免を可とする票の割合 15.17%
以上により、信認されたと見なす。


実感としていかがでしょうか?

とくに現在よりはややマシな、一定程度権力側に不都合な論評も行っていたマスコミにより、「問題あり」の指摘を受けたような方々でこの数字なのです。

高い「信任票」が出る理由は投票の制度そのものにあります。

必ず同時に行われる衆議院議員選挙(選挙区議員選挙及び比例代表選挙)において、
立候補あるいは比例名簿提出政党名以外の文字、記号などを記入した場合には「無効票」と見なされ、
当落に影響しません。
何も書かぬ「白票」も同じです。

当選のための必要最低数もありません。
(現実には規定として存在しますが、実際にあり得ないほど低い数値です)
こんなルールの中で、1票でも0.5票でも、
他者より多くを獲得した者が「当選者」となるわけです。
問題点を指摘することもできますが、一応は合理的な方法といえるでしょう。

さて、「国民審査」です。

「罷免を可とする者」に×をつける。
有効票です。

ただし×をつけた者以外は全て「信任票」としてカウントされます。

まさかとお思いですか?

「支持する何人かに○、ダメな者に×」
あるいは「名前を末梢」「ヤメロ!」などが全て無効票。

「わからないから白票で」これは全員に信任票。
みんな立派な人だから、自信を持って信任票を、と白票。
これももちろん全員信任。


みんな立派な人だからと全員に○これは無効票。

さて、集計です。
有効票の内×のつけられた数を対象判事個人別にカウントします。
先ほどの、わからないからそのままも、一人または数人に×のものも全て含めて分母になります。

これに対して×が過半数である必要がある。

もう一度整理します。

1)全員に「×」のみつけられたものは「全員の罷免を可とする有効票

2)一人あるいは数人に「×」のみつけられたものは「×をつけられたもののみ罷免を可とし、その他の者は罷免を否とする有効票」

3)「何も記入されないで投票されたもの」は「全員の罷免を否とする有効票」

4)「○×混在」その他、上の3つ以外に投じられた票は「無効票」

1)+2)+3)の全てが「有効投票数」としてカウントされ、
これを分母とした過半数の「×」票が罷免実現のために必要とされるわけです。

2)の場合に辞めさせたい者以外は信任票となることにご留意下さい。

また積極的に投票意志を明確にするつもりで○×を全員に付したものは罷免票としてカウントされなくなる。
総選挙の方では、棄権の意思表示となる白票が、国民審査では全員への信任票となってしまう。※2)

※2 衆議院議員総選挙と同時に実施される規定になっている結果、
衆院選の陰に隠れて国民審査の制度自体があまり理解されず、
存在自体が衆院選のおまけのようになってしまっている。
さらに「無効票の扱いの衆院選との違い」が正しい理解を妨げる一助となっている。
このため、審査法を改正して単独で国民審査を行うべき、という主張もあるが、
単独で国民審査を行うには憲法改正が必要になる。


いかに高いハードルを要求しているか、おわかりでしょう。

「主権者の会」プロジェクトとして提起するのは

「対象者中少なくとも別記4名(※3)には×印を!」

※3 植草氏への判決に関与した第三小法廷所属中
裁判長を務めた近藤崇晴判事および那須弘平判事、田原睦夫判事の3名が今回国民審査の対象となります。
これに加えて裁判員制度に対するNOの意思表示として、法務官僚として制度導入に尽力し、
この功績により"異例の"判事経験なしの長官抜擢となった人物である最高裁長官・竹崎博允を加えた4名
近藤崇晴
那須弘平
田原睦夫
竹崎博允
この4名を「罷免すべき理由の最も大なるもの」として推挙します。


「積極的信任以外の選挙民は投票せずに棄権の形で権利行使を!」

と言う呼びかけで、
制度創設以来初めて「罷免を実現させる」ことです。

しかし一方で
「わからなければ全員×を」
と言う呼びかけも有効であると思います。

「決定できないのでそのまま投票」でなく
「参加したくないなら投票せずに持ち帰りを」
が理解を得やすいのか、

「わからなければ全員×を」
が理解を得やすいのか、

呼びかける皆様、そして呼びかけようとする相手に応じて
どちらもアリと考えます。

いずれにしても、
目指すは「不良法曹責任者の罷免実現」

主権者の意に反した裁きを行う者は、自らが裁かれる痛みを知らねばならない!
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私のコメント
 ちょっと分かりにくい文章でしたが、以上を要するに次のようなことが言えるでしょう。

(1)国民審査の制度そのものが分かりにくく、国民の意思を反映させるにはハードルが高すぎる。
つまり、現行の制度は国民審査を実現させないようにできていること。

(2)それによって利益を得るのは、最高裁判所の裁判官であること。

(3)国民が意思を反映させる可能性が高い方法には、2通りのやり方がある。

(4)1つは、棄権の形で権利を行使する。具体的には、
有効投票数に算定されないように、「投票用紙を投票せずに持ち帰る」こと。
 水ぶくれした信任票数や「有効投票数という分母」が減れば、「不信任票の比率はあがり」ます。

(5)もう1つは、「すべての裁判官を信任しない意思表示」として、
「すべての裁判官に×をつけて投票する」こと。

 これは、千葉日台さんのやり方ですねえ。

 「最高裁・裁判官の国民審査 (2)国民審査は機能しているのか? 」で紹介した国民審査が機能しない理由に挙げられたものとして、次がありました。

(4)もう一つは審査の方法。現在の方式は、投票用紙に×印を書かれられなかった裁判官は自動的に信任と見なされるため、信任票が多くなる。これを信任する裁判官に○印を付けるという方式にしたら、罷免される裁判官が出てくる可能性はある。

 ○印をつけた者は信任し、それが過半数に達しなければ失職する、という制度にしたら面白いでしょう。裁判官達は自分の業績を分かってもらおうと、国民に分かりやすい言葉で説明をするに違いありません。
今は、有権者の多くが無知である方が審査される側にとって都合のいい制度
の上に、最高裁判所裁判官はあぐらをかいています。

この「審査方法の変更」は、憲法をいじらずとも、「最高裁判所裁判官国民審査法の改訂」で、できるはずです。一時的な次善の方策として、検討すべきでしょう。

まあ、しかし、
今回の国民審査で最高裁の裁判官を罷免することは、事実上、不可能でしょう。

今回の審査対象となる裁判官の悪行を時間の許す限り調べて、全員ペケで投票するしかありませんなあ・・・・。

          


























国民は最高裁の裁判官をクビにできる。ホレホレ・・、国民審査っつうもんがあるでしょ。国民の力は司法権にもおよぶので、国民主権は保証されているのですよ。
という敗戦直後の日本政府が流したデマを維持するために、毎回の衆院選ごとに、膨大な税金が浪費されている。「笑いが止まらないのが最高裁・裁判官・・」という時期はとうの昔の話。名簿の始めが×つけられる率が高いので、そうなった裁判官は不運を嘆いても「愚民どもにクビにされることはあるまいて・・、なにせ一度も先例がおまへん。カラクリは秘密」と、左うちわでんがな。





















異議あり!国民審査は制度制定以来、その本来の機能を果たしていない。現行では、三権分立国民主権も均衡が取れず、教育・行政・法曹界とメディアは画餅を実態と誤認させて三権は国民を欺いている。「審査方法の改善」だけでも、早急に行うべし。


改訂・追加(2017/10/18)

平成29(2017)年10月22日の衆院選投票日の「国民審査」用にコーヒーさんが作った「最高裁・裁判官の通信簿」が、こちら↓にあります。コメント欄も、参考になります。

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