2019-05-12 【武田邦彦】 特攻のおかげで民間人が救われた 東京裁判史観とその影響 #アジア情勢 あの武田先生が号泣… テレビによく出るコメンテーター達の涙とは桁違いに伝わる思い。 ウエストT.K 2018/12/26 に公開 武田先生が出る番組は好きでよく見ているのですが、先生が号泣せれてる姿を見るのは初めてみました。 衝撃的ではありますがとても思いが伝わったシーンです。 よくテレビに出ているコメンテーターの人たちの涙とは別格に重く感じます。 それと昔、一生懸命に日本の為に戦ってくれた方々に本当に感謝しています。 書評・一部編集 やまと ソ満国境近くの磨刀石でも 「肉攻」が行われた事を日本人は記憶に留めて欲しい。 2016年8月21日 ソ連国境近く、満州国の磨刀石という名の戦場で、 陸軍甲種幹部候補生が920余名が出陣し 僅か2日間の戦闘でその大半が戦死した。 ソ連戦車群に「肉攻」という名の爆薬を抱いて突入したので ある。凄まじい戦闘であった。 「岸壁の母」で有名な端野新二候補生もここ磨刀石の 戦場で戦死した(らしい)事も本書に記録されている。 特別攻撃隊というと飛行機による米軍相手のフィリピン、沖縄での戦い が有名である。沖縄住民にとって、艦砲射撃が最も怖かった。飛行機による爆撃は、爆撃範囲がおよそ判るから、まだ対処の仕様があった。だが、沖合からの艦砲射撃はいつ、どこへ撃ち込まれるかが判らない。しかし、艦砲射撃がやむことがあった。それは、特攻機の攻撃を受けている時であった。その時を見計らって、沖縄住民は安全な方面へ脱出したと言われる。 しかし、これだけではなく、ソ満国境近くの磨刀石でも「肉攻(肉弾攻撃)」が行われた事を 日本人は記憶に留めて欲しい。