春の谷

   春の谷

 春の谷よ
 私はお前を一番好ましく思う

 咲き始めた一人静がひっそりと立ち 
 濃紫のすみれがうつむく
 私はいい気持ちになって歩きはじめる
 みじんも
 急ぐ必要はないのだ

 私はすべてを素直に受け入れる 
 遥かな谷川のピッコロの音も
 杉の高い梢で歌う黒鶫の歌も
 谷間の光から 風から 草木から
 あらゆるものの奏でる妙なる音楽
 私はそのたった一人の鑑賞者となる
 そしてその音楽は
 今日一日
 この丘陵ワンダリングに絶えることがない

 やがて午になる
 そうしたら私は
 木漏れ日の踊りを見ながら
 たずさえた弁当をひろげて
 山瑠璃草と語りながら食べるだろう

 春の谷よ
 私はお前を一番好ましく思う