【転載】『大軍拡』中国の微笑外交に『操られる人たち』







(上から中国の新型イージス艦・新型通常型潜水艦・新型フリゲート艦)

                                        【07035】

現在、アジアの安定は米軍の存在が担保している。だが、中国の軍事力の強大化が米軍の動きを鈍らせ、封じ込める時代がやがてやってくる。アジアの安全保障の枠組みが大きく変化していく時代の到来に、私たちは備えなければならない。

昨年12月末に発表された中国の国防白書は、中国が原子力潜水艦を西太平洋に出没させて米国に向けてミサイルを発射する道に進みつつあることを物語っている。中国の目的は東アジアの真んまん中に位置する台湾の奪取である。そのために中国は持てる力を総動員して総力戦を展開するという決意が同白書から読みとれるのだ。

近代化をなしとげ、超軍事大国、米国の跡を襲う勢いを見せる中国人民解放軍の新たな貌が、白書の随所にのぞく。鄧小平は1980年代、人民解放軍の兵力を420万から320万へ、100万人削減した。江沢民前主席はさらに計70万人を削減した。そのうえで中国は核と海上戦力の充実に集中、近代化した人民解放軍の海軍はいまや独立した部隊としての力を備える。

『中国は日本を併合する』(講談社インターナショナル)で深く潜行する中国の脅威に警告を発した平松茂雄氏は、白書のなかの次のくだりに注目する。

SLBM(艦対地ミサイル)は海中の原子力潜水艦から発射されるミサイルですが、これが海軍について述べた箇所に記述されているのです。これまでSLBMや地対地ミサイルは全て、第二砲兵と呼ばれる戦略ロケット部隊の箇所に記述されていました。米本土をも射程に収めるミサイルが海軍の管轄になったことは、海軍は単独で戦争を遂行出来る独立部隊に成長したことを意味しています。かつてオンボロ海軍と笑われていた彼らたここまで力をつけたことに日本人は気づかなければなりません」

70年代、中国は自らを海洋国家と定義した。超大国を目指す中国海軍の在り方には、国家としての中国の鉄の意思が反映されていると、平松氏は語る。

「海軍のくだりの最後のところに『核兵器と通常兵器の二つの作戦手段を備えた、現代化された海上作戦を持つ』と書かれています。海軍が核、つまり原子力潜水艦と通常兵力の両方について述べたのは初めてで、これは極めて重要な意味を含んでいます。米国の最新鋭の原潜には適わなくとも、それに近いレベルの新しい世代の原潜を彼らは完成させつつある。そのことを示していると思います」

◆平松氏の指摘は日本にとって恐るべき事態である。

しかし、中国海軍の能力について、これまで日本の専門家の評価は分かれてきた。たとえば04年11月、中国の原潜が日本の領海を侵犯し、沖縄の先島諸島の脇を通り抜けたとき、防衛庁をはじめ多くの専門家が、中国の原潜は旧式で恐れるに足りずと論評した。しかし、旧世代の原潜だったにしても、彼らは足かけ3日にわたって、最も浅い地点で水深60メートルしかない狭い海峡を無事通り抜け一度も浮上することなく海上自衛隊の追跡を振りきったのだ。坐礁もせず逃げきれたのは、明らかに海底の構造や潮流を知悉していたからだ。それ以前に度々、同海域を通過していたということだ。中国海軍は日常的に、中国の港から日本の領海をくぐって太平洋側に出ては中国に戻っていくという訓練を繰り返していたのだ。

ちなみに問題の原潜は、あのときグアム島周辺にまで航行していたこと、そこでは米海軍が演習を行っていたことが判明している。彼らは米軍の演習を偵察し、情報収集を終えて引き揚げる途中に日本の領海を突っ切ったと思われる。

◆目を見張る中国海軍の増強

だが、こうした深刻な事実は、日本では余り直視されず、中国の軍事力は実態よりも低く評価されがちだ。過去、中国の軍事力や脅威の過小評価は、往々にして外務省主導によってなされてきた。日中外交をスムーズに展開したい為に、遠慮を重ね、外務省は、中国は脅威であると、日本の防衛白書に書き込むことさえ牽制してきた。

存在する脅威から目を逸らす物の見方こそが日本の安全保障政策を非現実的なものとしてきた。

平松氏が5年前に東京晴海で行われた国際観艦式の状況を振りかえった。

海上自衛隊創設50周年のときです。諸外国から多くの潜水艦が来ました。ロシアのキロ級潜水艦は一見普通の潜水艦に見えました。しかし、海上自衛隊はその音をモニター出来なかった。関係者らは、こんな潜水艦に遭遇したら太刀打ち出来ないと語っていましたが、中国はそれを4隻購入し、さらに8隻、買い足すと言いました。すでに中国の手元に届いているはずです」

かつて中国海軍は原潜を黄海の奥まったところにある青島に配備していた。だが、自信をつけたいま、中国の潜水艦は南シナ海東シナ海はおろか、太平洋も展開範囲としている。

「中国の新聞には、南シナ海などでの潜水艦の演習が度々報じられています。報じないのは日本の新聞であり、日本の防衛当局も自らの防衛範囲外のことには余り関心を抱きません。米軍もそこまでの情報は出してはくれません」と平松氏。

日本が現実から目を背けてきた間に、中国海軍はグアム島周辺まで、広く西太平洋に展開する力となった。同海域には、日本の領土である沖ノ鳥島がある。だが中国は同島を岩礁と言い張り、排他的経済水域の設定も認めず、海洋調査を強行してきた。

「日本列島からグアム島までの西太平洋の海洋調査を彼らはすでに済ませている。グアム周辺まで原潜を展開し、米本土にミサイルを撃ち込むことが出来るわけです。一連の動きは明らかに台湾を念頭に置いたものです。台湾こそ、中国海軍が太平洋を制するための最重要拠点なのです」(同)

台湾は東アジアの真ん中にある。台湾をとれば、中国は南シナ海に容易に手をのばせる。太平洋に出て行くことも容易だ。現在は沖縄と台湾の南、フィリピン諸島の北のバシー海峡を通過しなければならず、それが中国の太平洋進出の物理的阻害要因となっている。だが台湾が中国領になれば事情は大転換する。中国の太平洋へのアクセスは飛躍的に容易になり、西太平洋の支配が可能になる。これこそ、中国の目的だ。

「中国が軍事行動に踏み出せば、米国は台湾を支援するでしょう。民主主義国と一党支配の国との闘いの結果は明らかです。中国は米国の民主主義、人道主義を狙い撃ちし、ニューヨークやワシントンを核攻撃すると脅すのです。そして、中国は台湾を奪うために文字どおり、命を賭けるでしょう」(同)

◆「アメリカさえも危うくなる」

都知事石原慎太郎氏は、人的犠牲を厭わない中国に米国は勝つことが出来ないと喝破したが、多くの米国人の命を犠牲にしてまで台湾防衛に立ち上がる大統領は恐らくいない。切羽詰まれば、米国がいつの日か台湾を諦めることは、あり得ると考えるべきなのだ。たとえ米国が台湾防御を諦めなくとも、中国の原潜が米空母キティホークを攻撃出来る距離に接近していたように、中国がその気になれば米空母をブロックすることも不可能ではないのだ。

もう一点、平松氏は中国の国防白書のなかの「現在の条件下で海上の人民戦争と戦略戦術を研究する」というくだりに注目する。

「人民戦争は、毛沢東の行ったゲリラ戦です。その言葉を国防白書も用いた。心は、将来、海軍主体の戦争に踏み切るとき、潜水艦や駆逐艦など非常に高レベルの船から、漁船など低レベルのものまで総動員するという意味です。台湾攻略で、第一線部隊として突撃していくのは正規軍でなければ不可能ですが、一旦、台湾に拠点を作り、制空権と制海権を握れば、あとは民間の船で十分なのです」

フォークランド紛争で英国政府は客船までも動員した。同様のことを中国も行うだろう。

中国が台湾を奪おうとするとき、米国が台湾を放棄する可能性は否定出来ないが、しかし、中国が日本列島、沖縄、台湾、東南アジアを結ぶ第一列島線から大きくはみ出てグアムをも支配下に置く西太平洋の第二列島線にまで出てくるのは阻止しようとするだろう。それでも、中国は必ず、西太平洋に出ようとすると平松氏は断言する。中国が空母の展開に入るのはそのときだと読む。

「長年中国の軍の動きを研究してきた立場から、私は中国の台湾奪取の攻撃は2020年頃、あと十数年で始まるとみています。それまでに、米国は中国を脅かすことは恐らく出来なくなります。台湾が中国の手に陥ちれば、南シナ海東シナ海黄海も中国の海となり、朝鮮半島も中国の支配下に入ります。米軍のプレゼンスは後退し、日本は孤立を深めていく。日本は中華圏のなかの事実上の属国のひとつとなるのか、米国の属国となるのか、そんな追い詰められた選択さえ、考えなければなりません」

中国の軍事力とその狙いは凄まじい帝国主義国のそれだ。だが、今年中国が見せる外交の顔は、逆に、日本人が驚く微笑外交となる。

温家宝首相の4月訪日はほぼ固まった。胡主席も今年来日の予定だが、72年の日中国交樹立以来、中国の国家主席と首相の二人が同じ年に来日したことはない。まさに中国は総力で対日工作に懸かっている。

◆なぜ日本人は騙されるのか

中国人ジャーナリストの石平(せきへい)氏は語る。

「中国政府は今年の対日外交を三段階で飛躍させたいと考えているはずです。4月の温家宝首相は歴史問題には触れずに熱烈に甘い言葉をかけ続けるでしょう。日本のリベラル派や左翼のみならず、人のいい日本国民は、そんな中国に親しみを感ずるでしょう。こうして雰囲気を和らげた上で中国政府は安倍首相を招き、国を挙げて熱烈に歓迎し、日本国民に見せるのです。最後に、胡主席が秋に来日して、安倍首相の靖国参拝を徹頭徹尾封じ込めます。

今年さえ封じ込めることが出来れば、来年以降も安倍さんは参拝出来なくなる、第二の中曽根康弘になると中国側は考えています」

周知のように中曽根氏は85年まで靖国神社に参拝したが、中国政府に一喝され、翌年以降の参拝を取り止めた。のみならず、今では、いわゆるA級戦犯分祀論を主張し、中国政府と共同歩調を取る。中国への完全なる屈服外交に陥ったのだ。

日本の軍事の専門家や外交官が、中国の軍事力の実態から目を背け間違ってきたように、靖国問題でも同じ間違いを犯そうとしてはいないか。谷内正太郎外務次官は、安倍首相の靖国参拝を回避する方策として、断続的な日中首脳会談を提案したとされる。日本国の根幹の価値観を曲げて進める首脳会談に如何なる意味があるというのか。安倍首相の周囲には、中川秀直幹事長、二階俊博国会対策委員長ら、中国の微笑に前のめりになって魅きつけられていく人物が少なからず存在する。経済界とて事情は同じだ。

安倍首相が靖国参拝をしたとして、中国に何が出来るのか、小泉前首相の体験を振りかえるべきだと、石氏は強調する。

「中国はただ小泉さんに罵詈雑言を浴びせました。結果は日本の対中投資の約3割減少でした。多くの問題を抱える中国は、なんとしてでも、日本の支援が必要です。ですから安倍さんは、中国の微笑外交にも強硬外交にも負けずに堂々とやれば良いのです」

北京にとって苦しかったのは、日米同盟の緊密化の下で小泉政権が中国の意に従わなかった5年間だ。中国は強面外交で日本を従わせようとし、失敗した。そしていま、彼らは十分に教訓を学び、新たな外交に乗り出した。彼らが好ましいと考えるのは、クリントン政権の頃の外交だ。微笑と懇願で天皇御訪中を実現させ、その後は反日教育を展開し、米国と一緒に日本叩きを続けた。そうした外交に必要なのは、日本人向けの微笑のみである。だからこそ、中国の微笑も涙も信じないことだ。軍事力から見える中国の真の姿を捉え、日本の安全保障力を高めることだ。集団的自衛権の行使を可能にし、米国との絆を深めていくことだ。    (桜井よしこブログから)