海洋大循環と気候変動(1)

リバネス/サイエンスライター」から、次の記事を一部編集して紹介します。
出典:http://writers.leaveanest.com/item_1641.html


09/21: 海洋大循環と気候変動
Category: サイエンスネタ Posted by: nishiyama
 こんにちは、環野です。
 9月も半ばを過ぎ、秋らしい気候になってきました。夏休みの後半は大変暑い日が続きましたね。去年の冬は暖冬だったし、この兆候ってもしかして地球が本当に温暖化しているからなのでしょうか?

 ある報告によると近年、例年より気温が暖かくなる確率は約60%になっているそうです。1950~1980年では約30%であったことを考えると、温暖化は少しずつですが、着実に進んでいるといえます。
 温暖化が進むと地球の気候はどうなっていくのでしょう?今日は、温暖化に関わる気候変動の仕組みについてお届けします。

■ 気候を決める地球のシステム
 そもそも地球の気候はどうやって決まるのでしょうか?地球の気候は、太陽からやってくる熱エネルギーが地球上でどのように循環するかによって決まります。太陽の熱エネルギーは大気圏での吸収を経て、陸域と海域で吸収されます。陸域や海域では降水や蒸発などの水の作用によってその熱エネルギーの一部は大気へ戻っていきます。この大気と陸域、海域でのエネルギーのバランスが気候を決めるのです。

 特に、地球上の70%の面積を占める海域では、大気の約1000倍もの、大変高い熱エネルギー吸収能力を持っています。そして実際に海域がどれくらいの熱を吸収するかは、地球が自転し、太陽の周りを公転しているため、季節や地域によって変化します。そのため、海表面は地域や季節によって水温や塩濃度が異なっています。それが大気中で風を起こし、海表面に海流を起こすもととなり、この風や海流の動きが、その地域の気候を決めているのです。ですから海域は地球の気候を決めるために大変重要な役割を果たしていると言えます。この気候を決める海のメカニズムについて、もう少し詳しく見てみましょう。

■ 地球をめぐる海のベルトコンベヤー
 海の水は先ほども言ったように、地域によって温度や塩濃度が異なっています。温度や塩濃度の違いは、海の水に重さの違いを生みます。水は4℃で最も重くなるという不思議な性質を持っています。(普通の液体は、固体に近づく低温になればなるほど、重くなるものです。水は氷になる温度0℃になると4℃より軽くなるのです!)また、塩濃度が高い水ほど重くなります。重くなった水は、海の深い方(深層)に沈み込みます。

 この現象を確かめたかったら、氷水と普通の水を静かに混ぜてみてください。見やすいように、普通の水に「インクをつけた氷水」をたらしてみてください。氷水、つまりインクをつけた水が下に行くはずです。この現象は、冷たい水、濃度の高い水のほうが密度が高いために起こります。
 この性質に従って、海の水は場所によって重くなったり軽くなったりしながら地球を循環しています。それでは、海の水が地球をめぐる旅を追ってみましょう。

 海の水の旅はまず北大西洋グリーンランド沖から始まります。氷河によって冷やされ、密度が高くなった海水は、周りの水を巻き込みながら深層へ沈み込んでいきます。その速度は1年間で60mほど。なんと1日で16cmしか移動しないほど、ゆっくりとした動きです。沈み込んだ水はそのままゆっくり深層を南に向かって流れていき、南極海の手前で東へと曲がり、やがてその一部はインド洋で、残りの水は北太平洋で温められて表層へと上昇していきます。表層へ上がってきた温かい水が、海流として移動し、再びグリーンランド沖で冷やされて沈み込みます。この海の水の地球をめぐる旅は約2000年(←別の資料には、約1000年と書かれているが、花輪(2005)には約2000年と印刷されている。)で一回りすると言われています。そして、この海の水の旅は、提唱者の名前(Broecker, 1987)を取って「ブロッカーのベルトコンベヤー(または、コンベアベルト)」と呼ばれています(下図)。

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図の出典:http://www.nies.go.jp/escience/ondanka/ondanka02/lib/f_04.html
 このベルトコンベヤーが運ぶ海の水の水温が、海域から陸域へ吹く風を通じて各地域の気候を決めます。たとえば、同じ緯度にあるヨーロッパの地域と北海道の気候を比べてみると、ヨーロッパのほうが暖かく、過ごしやすい気候になっています。北大西洋では暖かい表層水(メキシコ湾流)が南から流れてくることで海面の水温が温かくなります。一方で北太平洋では冷たい深層水が上がってくるので海面の水温が冷たくなります。この海面の温度の違いが、暖かい風と冷たい風を大陸にもたらすため、同じ緯度でも気候が異なるのです。

ブロッカーのベルトコンベヤーを初めて見た人は、↓のURL:山形大学環境学科の「海洋水の大循環(熱塩循環)と気候変動の図」を御覧下さい。もう少し詳しく説明されています。

 http://ksgeo.kj.yamagata-u.ac.jp/~kazsan/class/chronology/great_circulation.html

■ 温暖化で寒冷化!?
 冒頭にも述べたように、近年、温暖化は着実に進んでいるといえます。地球温暖化の進み具合を世界規模で予測している機関IPCC(地球変動に関する政府間パネル)によると、温暖化が進むと、このベルトコンベヤーの進む速度はどんどん遅くなると言われています。それは、グリーンランド沖で氷河が溶けることにより、その地域の水の塩濃度が薄くなるためです。塩濃度が薄い水は軽いので、なかなか深層に沈みません。その結果、ベルトコンベヤーは従来の速度で地球を回らなくなってしまうのです。

 もしこのベルトコンベヤーが止まってしまったら地球各地の気候はどうなるのでしょう?もう北大西洋に暖かい表層水は流れてきません。そのために今まで暖かい風が海からもたらされてきたヨーロッパの地域では、寒冷化が起こって農業などの人の生活に大きな影響を与えるでしょう。他にも、アフリカやアジアの地域に豊富な降水量をもたらしていた季節風が弱まり、これらの地域に旱魃を起したり、南半球の多くの地域で温暖化をより進めたりすると予測されています。

 この予測には科学者の間でも賛否両論ありますが、過去の気候データから、北大西洋の塩濃度が下がると、その周辺の地域に寒冷化が起こっている例がいくつかあります。過去のシナリオどおりに運ぶ可能性がないとはいえません。温暖化がもたらす人類への影響は、私達が考えるよりも複雑で、大きいものであることは間違いないはずです。今、地球が自らの気候の変化によって私達に発している警告はまだ小さいといえるでしょう。しかし、私達はこの警告を重く見て、最善の対策を世界全体で考えていく必要があるのです。

<参考文献>
日経サイエンス特別号「地球大異変 温暖化が氷河期を招く―海洋大循環が止   まるとき―」・「地球温暖化の時限爆弾を止めろ」2006年 日経サイエンス
「生物海洋学入門」講談社サイエンティフィック
環境学入門3「地球生態学岩波書店
Aera Mook「気象学の見方」1996年 11月特別号
「大気・海洋の相互作用」東京大学出版
「環境気象学」東京大学出版会

関連記事:「Gulf Stream は『小氷河期』に弱くなっていた」
 「ブロッカーのベルトコンベヤー」は、conveyor belt の訳語です。
面倒なので、ここでは「(ブロッカーの)コンベアベルト」と呼びます。
コンベアベルトの動画:http://www.cru.uea.ac.uk/cru/info/thc/
http://www.tokyovalley.com/yahoo_blog/article/article.php