自虐史観が触れない「戦前の国際経済情勢」(2)

(8)世界のブロック経済化で日本の輸出がほとんど不可能になれば、生きていくために日本国民の目が余計に満州に向かうのは当然のことです。

 〈ここで、入力者が資料を挿入します。〉
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 〈日本は天然資源が不足し、工業原料を輸入に頼らねばなりませんでした。それでも、鉄鉱や石炭は日本の経済圏である満州国から輸入できました。上の円グラフにある「中国」とは、満州国のことでしょう。しかし、石油はアメリカの経済封鎖によって、日本への輸出を止められたのです。それで、日本はオランダの植民地・インドネシアから石油を買おうとしました。しかし、アメリカの圧力に応じたオランダは、日本に石油を売ろうとしなかったのです。〉

入力者 注)実は満洲に油田があった。それが、1959年に発見された大慶油田です。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1233075047

大東亜戦争勃発後半年間の快進撃で、東南アジアから白人を追っ払い戦中戦後に独立国が続々と誕生しました。
植民地独立が、戦後の日本経済発展に大変寄与することになったのです。
戦前、植民地国では安い日本製品がやってきても宗主国の命令で高関税をかけ、高いヨーロッパ製品を買わされていました。独立国になったため、宗主国に気兼ねせず自由に安い日本製品を買うことができるのです。戦後、日本製品が東南アジアにどっと輸出できたのも独立国誕生のお陰なのです。

戦争で同じ負けるにしても植民地状態を残したまま負けてしまったら、戦後の日本経済が急速に発展できたでしょうか。輸出しようにもまた高関税をかけられるだけです。開戦半年間で欧米人を東南アジアから追っ払ったことが、どれだけ大東亜戦争を意義あるものにしたかはかりしれないものがあります。

半藤一利の著書は、このような国際経済情勢について一言も語っていません。
最後にもう一つ自虐史観本ではとりあげないものを紹介します。

2.日本に有利な史実は絶対といっていいほど取り上げず、無視することです。
 〈ここに入力者が資料を挿入します。〉
東條由布子・編(2005)「大東亜戦争の真実―東條英機宣誓供述書」(ワック出版)
  カスタマー氏書評より
極東国際軍事裁判で絞首刑に処された東條英機の宣誓供述書。
GHQ発禁第一号とされた史料である。東條英機本人の思想や記憶が率直に語られ、純粋に史料として面白い。
 主な内容としては
(1)開戦時日本は、連合国の経済封鎖によりやむなく自存自衛の戦争を決意した。
(2)戦争回避に向け平和的手段で最大限の努力をしていた。
(3)民族独立・東亜共栄の思想で戦争を遂行し、各国に対する侵略的企図はなかった。
よって日本の開戦/戦争行動は「共同謀議」でもなく「侵略」でもなく、資源の確保を目的とした自衛の戦争だった。・・・というところ。
この主張が当事者の記憶とともにリアルな迫力で語られる。大変貴重な史料である。さらに行間からは、日本の正当性を主張しようとする東條英機の悲壮な決意が伝わってくる。
 その姿勢はそのまま、現代の我々の姿勢に反省を求めるかのようだ。真実を追求しきっちりと主張せねばならないと、現代の我々が襟を正される思いだ。靖国問題など第二次大戦の日本を考える人には必ず読んでほしい。

 ただ、史料に対する解説は渡部昇一の文のみと少なめ。世界恐慌後の各国ブロック経済状況・天然資源分配状況が手元に資料としてあればよりリアルに状況が伝わってくるはず。
東條英機の陳述(昭和22年12月19日・東京裁判法廷・市ヶ谷)〉
  http://plaza.rakuten.co.jp/kawamurakent/diary/200508100000/

 いくつかの史実無視の中で代表的なものが、マッカーサー発言の無視です。マッカーサー元帥は、日本占領軍最高司令官退任後帰国します。帰国後、アメリカ議会の軍事外交合同委員会で「日本の戦争は、自衛戦争だった」と公式発言をしています。彼は、大東亜戦争当時、敵軍の最高司令官でした。その彼の発言ですから非常に重みがあるはずです。

 彼は英語でどう表現したのか、これは重要ですからぜひ憶えてください。
Their purpose, their とは日本人のことです。「Their purpose, therefore, in going to War was largely dictated by security。」

マッカーサー大東亜戦争で指揮をとり、戦後は朝鮮戦争で指揮をとりました。その体験から彼は日本の戦争は自衛戦争であったと判断したのだ。
半藤一利よ、日本は自衛のために戦ったのだ。馬鹿げた戦争したわけではないし、兵士は無駄死にではないのです。
同じ負けるにしても植民地状態を残したまま負けてしまったら、あるいは戦争せずにアメリカの主張を全面的に受け入れたら、その後の世界や日本は戦争前よりよくなったとでも主張するのですか。

歴史に興味ない人、歴史を知らない人が、自虐史観を主張しても私は怒りを感じません。彼らはそのように教え込まれているからです。しかし半藤一利のように歴史を知っている知識人や、歴史家が自虐史観を主張すると私は猛烈な怒りを感じるのです。自虐史観は、日本民族の侮辱以外のなにものでもないからです。

引用終わり

 マッカーサー元帥は当初、「真珠湾に対する〃騙し討ち〃だけを裁く裁判を望んでいた。ドイツでニュルンベルグ裁判がはじまったので、日本に対しても同様の裁判を行わなければならなくなった」と、GHQでの側近・ホイットニー少将に述べている。
 マッカーサーは、ルーズベルトの「日本先制爆撃計画」については知らなかったようだ。   
 http://blogs.yahoo.co.jp/tatsuya11147/45570616.html

 戦争裁判はいつから?
 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa842420.html

 東京裁判は、昭和21年から23年にかけて行われた。
 昭和22年12月19日、東條英機東京裁判の陳述で「大東亜戦争は、日本の自衛戦争」と主張した。
 昭和23年12月23日、「A級戦犯」東條らの処刑が執行された。この時の処刑係が、キング軍曹である。キング軍曹は,後のマルチン・ルーサー・キング牧師の父親である。
http://japansconspiracy.hp.infoseek.co.jp/02/p005.html#page62
当時、皇太子だった今上天皇の誕生日をわざわざ選んだことに、「連合国、つまり国際連合の敗戦国・日本に対する
『平成』を見越した念入りな敵意と呪縛」
を見ることができる。
 昭和25年6月、朝鮮戦争が勃発し、北朝鮮軍が南侵した。
 韓国・国連軍は9月上旬には、釜山から海に追い落とされそうになった。
「日本の防衛のためには、朝鮮半島の安定が必要だ」マッカーサーは、こう思ったに違いないのだ。この時、日本にとっての「日清戦争の意味」を理解したのだ。
9月中旬の仁川上陸作戦が成功して、韓国・国連軍は38度線を越して平壌に迫った。その頃、、
 昭和25年10月14日、ウエーキ島でマッカーサートルーマン大続領と会見した。その際、東京裁判を画策した張本人のマッカーサー東京裁判は誤りだったとの趣旨を告白した。
翌11月、韓国・国連軍は中朝国境付近まで北朝鮮軍を追いあげるが、中国は援軍・人民解放軍を20万人規模で投入。韓国・国連軍は、再び共産連合軍に押し戻される。
朝鮮半島の安定のためには、満州の安定が必要だ」マッカーサーは、「日露戦争から満州事変に至るまでの意味」を理解したに違いないのだ。「日本が満州まで出て行ったのは、日本の防衛と社会を維持する工業資源確保のギリギリの要請であった。アメリカは満州国建国を『日本の侵略』と称して、そこに手を突っ込んだのだ」と・・。
 翌12月末、共産連合軍の補給・兵站基地をたたくために、マッカーサー満州をはじめとする中国(大連・旅順・北京)・ソ連領(ウラジオストック・ウスリースク・ハバロフスク)への原爆投下を含む爆撃の許可を、暗号でワシントンに要請。
 昭和26年4月第三次世界大戦への拡大を恐れたトルーマンは、マッカーサー日本占領軍最高司令官から解任

 マッカーサーは、「日本軍にとっての援蒋ルートの悪夢(本記事、最終URL参)」をこの戦局で追体験する羽目になった。そして、「日本の防衛のためには、朝鮮半島満州の安定が不可欠」と気づいたのである。
 昭和26年5月3日に開かれたアメリカ上院の軍事外交合同委員会の聴聞において、「日本が第二次世界大戦に突入していった理由の大部分が、安全保障の必要に迫られてのことだつた」と証言している。
マッカーサーは、東條の陳述から3年半後、刑死から2年半後に、米国議会で「東條への同意」を表明するに至った。
日本から朝鮮戦争を指揮することで、日米開戦直前の「東條らの立場」に立たされるはめになり、思い知ったのである。

 裁判終了後、ホイットニーがオランダにレーリングを訪ねている。このとき交わされた会話も当時のGHQ幹部たちの心境を伝えている。

ホイットニー 「東京裁判は人類の歴史の中で、もっとも偽善的(インチキ)なものだった。あのような裁判が行われる限り、息子が軍人になるのをやめさせない訳には行かなかった」
レーリング  「どういうことかね?」
ホイットニー 「アメリカも日本と同じような状況に追い込まれたら、日本がやったように戦うに違いないからだ・・・・」

 国際法の常識では、占領軍は占領地の国内法を尊重しなければないとなっている。この基本的を無視して、東京裁判は行われた。東京裁判に関わった当事者たちが非を認めるのは当然である。




2016年3月8日の追加
ところで、アメリカ(国連軍)は、朝鮮戦争で勝たないように仕向けられた。
マッカーサーは、自分を次期大統領をねらえるアメリカのエスタブリッシュメントと思っていた。しかし、自分がコマに過ぎないことが判ったらしい。マッカーサーは、アメリカに裏切られたのである。
マッカーサーの作戦は、次の経路で敵・中共軍の林彪に漏れていたのだ。
マッカーサー→ラスク国務長官補→イギリス→イギリス情報部→ソ連・インド→中共軍・北朝鮮
 マッカーサー回顧録には、次のような言葉がある。
林彪は『マッカーサーの作戦は分かっていたので、安心して作戦を行えた』と述べていた」。
「日本を相手にした時には、蒋介石と手を握ることに反対しなかった連中が、なぜ、共産主義勢力を相手にする時にはそれを嫌がるのかは、ついに明かされなかった」。

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