【木佐芳男】 日本の憲法が一度も改正されない理由はマインドコントロール(2)
4)天皇を“人質”に嫌々受け入れた9条
「GHQ最高司令官のマッカーサーと幣原喜重郎(しではら・きじゅうろう)首相が2人きりで話した際、幣原首相が『これ(9条)を入れたい』と言った」という趣旨の話が幣原の回想記に書かれている。だが(実際は)マッカーサー側からそれを言われたが、それだと国民が受け入れないから「幣原側から申し出たことにせよ」と言われたということを、幣原の長男がのちに語っている。
「戦争をしない」というのはともかく、「戦力を持たない」という条文は、世界中の憲法をみても極めてユニークだ。なぜ、このような条文を日本が認めたかというと、「昭和天皇の地位を人質にして受け入れさせた」という見方がある。戦勝国側の当時の世論調査をみると、天皇に対するイメージは非常に悪く、米国調査では3人に1人が「処刑すべきだ」とし、「終身刑」「国外追放」を合わせると7割の人が「天皇として日本に置いておくわけにはいかない」という意見だった。
米側から「天皇を処刑してもいいのか」と暗に迫られ、それと引き換えにしぶしぶ受け入れたのが、9条の草案だったといわれている。
5)同じ敗戦国のドイツは自力で基本法を制定
当時の国民やほとんどの政党は、この憲法をすんなり受け入れた。国はこてんぱんにやられ、「もう戦争はこりごりだ」という気分が蔓延(まんえん)していて、戦争をしない憲法、戦力を持たない憲法を歓迎したようだ。
その時、これに唯一反対したのが共産党だ。「戦力を持たない国にしてしまったら、もし敵が攻めてきたらどうする」という、まっとうな反対理由だった。とにかく、憲法は意外にスムーズに受け入れられ、今まで70年以上存続している。
同じ敗戦国のドイツは、どうしたか。連合国側に対し「自分たちで基本法(憲法)を独自に作る」ということを認めさせた。実際、基本法を自分たちで作ったから、不都合があればいくらでも修正する。「戦力を持たない」などとは書いておらず、小さくても自分たちで軍隊を持つ。そこに、日本での自衛隊をめぐるような論争はない。
6)ドイツにはない「平和教育」という言葉
「平和教育」も、GHQのマインドコントロールの一つだ。ドイツには、平和教育という言葉はない。ベルリン特派員時代、ドイツ人女性の取材助手と話をしていて、「平和教育という言葉は聞いたことがない」と言われた。
調べると、そういう言葉も概念も、まず見当たらない。ただ、東西ドイツに分かれていた当時、ソ連や東欧側が「平和教育」という言葉を使って西側にプロパガンダを展開したことがあった。だが、「そんな言葉はインチキっぽくて受け入れられない」という意見を聞いた。
そんな「平和教育」が、日本でどうやって受け入れられたかというと、GHQの「太平洋戦争史」を教育の場に浸透させるためだった。子供たちにこの歴史観を教え込ませるためにやったのが、日教組の組織化だった。「日教組はGHQが組織した」という事実は、日教組自身が正史「日教組十年史」の中で書いている。
7)憲法9条のメリット、デメリット
9条のメリットといえるものはほとんどなく、デメリットは多い。
例えば、イランイラク戦争。当時、イランの首都テヘランには日本人が250人くらい滞在していたが、いよいよイラクからミサイルが飛んできそうになると、各国政府は軍用機を飛ばしてそれぞれ自国民を脱出させた。ところが、日本は9条があったためにそれができない。絶望的な事態を救ってくれたのはトルコ政府だった。
現在でも、朝鮮半島で戦争が始まると、5万人ともいわれている韓国内の日本人をどう助けるか、という問題がある。このように、9条があるために自国民を見殺しにせざるを得ないようなことが過去にあり、これからも起こりうる。
ここではすさまじい民族間の戦闘があり、これを止めさせるため、NATO(北大西洋条約機構)が空爆を実行した。これで、曲がりなりにもコソボに平和が回復したのだ。オバマは「人道的介入」などという言葉で説明した。つまり、戦争を絶対悪とはしない考え方だ。世界を見渡すと、外交だけでは平和の回復が無理だという状況が実際にある。